2016年08月28日

【読書狂の冒険#035】梶山季之『せどり男爵数奇譚』筑摩書房

 土曜日更新のはずなのにすっかり忘れていて今に至る。
 テーマ『ビブリア古書堂』最後の1冊は、梶山季之の『せどり男爵数奇譚』。本に魅了され、本に人生を左右された人々を扱った本作は、このテーマの最後を飾るにふさわしいものだろう。

 本作は、せどり男爵こと笠井菊哉が出会った「古書に惹かれた人々」を中心に紹介していく短編集。一口に古書に惹かれたと言っても千差万別で、笠井のように古書を尋ねて3千里のような人物から、本のためには平気で盗みをやるクレプトマニア、挙句は本というより装丁にこだわり狂気に陥った男までいる。
 本作は、最初は結構マイルドに、それこそトイレのちり紙に珍しい古書を見つけて狂喜乱舞するただの変な人を紹介していたり、大学教授の未亡人が古書店を始めるときに必ずと言っていいほど陥る落とし穴の話をしていたりと、まあ普通の感じではある。
 しかし、後半につれて徐々に狂気性があからさまになっていく。特に最後のシナリオは頭おかしいの一言である。なにせ人の皮で本を装丁しようというのだから。今でこそ、クトゥルフ神話の影響からか人の皮で装丁された本という発想はさほど珍しくないのかもしれないが、本書の出版は2000年である。まあ、それでも人の皮で装丁された本というのは、発掘されることがなかったわけではないだろうが、それがつくられただろう経緯を小説で描き切ったのは素晴らしい。
 しかも、ただ人の皮で装丁されてましたというだけではなく、そこにさらに狂気性を足していくのが本作の魅力だ。人の皮というだけで十分な気もするが、著者はそうは思わなかったらしい。

 ビブリアシリーズでは、本書は直接はあまり登場しないが、ある重要人物の生きざまをそのまま表したような、その人物に直接つながるような役割を与えられている。人皮装丁は出てこないので安心してほしいが。
 思えば、栞子さんもそうだし、母親もそうだし、シリーズには古書に魅了され人生を左右された人々が多く登場する。大輔や彼が出会った人物たちもまたそうだ。ビブリアシリーズは現代におけるせどり男爵、というよりはただのバイトだけど、の数奇譚として描かれている。
 古書は人を繋ぐ、というのが栞子さんの持論だ。シリーズがただ本をテーマにした話ではなくて、古書をテーマにしている意味がここにある。
 著者によれば、シリーズはそろそろ完結を視野に入れているらしい。どのような結末になるかはわからないが、ストーリーが終わっても、あまり終わったという感覚はしないのだろうとは思う。彼らの物語は、古書が存在する限り続いていきそうな気がするからだ。
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2016年08月13日

【読書狂の冒険#034】太宰治『人間失格』青空文庫

 今回は太宰治の名作。ビブリア本編でも太宰治は重要な位置を占めており、第1巻では彼の手による稀覯本が全てのきっかけとなるし、第6巻では太宰治の著作だけでストーリーが構成されている。
 その本編の中でも目を引くのが、栞子さんをはじめとする人々による「『人間失格』は名作か」論争。栞子さんは肯定的に、道中で出会う人々は否定的に作品を見ているようだ。

 思うに、この論争は現代にも生きているし、だからこそ本編で取り上げられたのだろう。そして、私はここでは否定派に組することになる。
 その理由は『Copy__writingと痛々しい青春の受容』で簡単に書いているが、一言で言えば、主人公である大庭葉蔵の生き方が「痛々しい」からだ。だいたい、『人間失格』というタイトルからして痛さがあふれ出している。
 痛々しいというのは、かなり重要な要素だ。というのも、痛々しいというのはそれだけで作品に対する拒絶反応を生みうる。あるいは、作品に対する拒絶反応の概ねを痛々しいと表現できる、そういう概念だからだ。例えば私なんかは、もうライトノベルを純粋に楽しめる体ではないが、その大きな理由がラノベの表現が痛々しいように感じられてしまうからだ。
 大庭葉蔵は本作で、何度も心中を繰り返しては自分だけ生き残り、薬をやり地下組織の手伝いをし、学業をさぼり画家を目指しては挫折する。人の心がわからない的な独白をため息交じりにしてしまうタイプの人間だ。今でいうところのメンヘラだろう。自分は人とは違うと勘違いしているタイプの人間だ。実際はこういうのは作品が書かれたころには一定数いたのだろうし、現代にもいる。すくなくとも、主人公と同じだと思いたがる人間は沢山いるし、だからこそこの作品は売れ続けるのだ。青空文庫で無料ダウンロード出来るにもかかわらず。

 しかし、痛々しいというだけが、私を否定派にしているわけではない。私は、大庭葉蔵にはこれでもかというくらい共感できないのだ。
 境遇が違いすぎるからではないだろう。夏目漱石『それから』の主人公とも境遇は違いすぎるが、その作品では十分共感できたのだから。原因はもっと別のところにあるのだろう。たぶん。
 この原因を探るのは今後の課題だが、候補の1つに文体があげられる。上でラノベの例を挙げたが、同じ設定でも電撃文庫ではなくハヤカワSFで出ていれば楽しめただろう作品は恐らく無数に存在する。今流行りの異界転生ものだって、似たような設定のものが古典的な作品の中にもあるだろう。
 ではなぜ、ラノベ及び太宰治の文体が気に入らないのかというと、やはり理由はさっぱりわからないのだが。これはもう、体育会系の空気が合わないとか、ウェイ系のテンションが不愉快というレベルなのかもしれない。

 ともあれ、誰かの名作が、それが世界的な名作であっても別の誰かの名作とは限らないということは肝に銘じておきたい。その本が偉大な文学賞を取ろうが、何百万部売れようが、その人にとって名作でなければあまり意味がない。逆もしかりだ。
posted by 新橋九段 at 21:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 読書狂の冒険 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月30日

【読書狂の冒険#033】ロバート・F・ヤング『たんぽぽ娘』河出書房新社

 今回は『たんぽぽ娘』。物語中では、絶版文庫の1つとして登場しているが、今は復刊している。
 ビブリアシリーズの魅力の1つとして、というか、本を取り上げる作品に共通することではあるけれど、自分1人では絶対に出会えない本と巡り合わせてくれるというのがあげられる。前回取り上げた夏目漱石『それから』や、次回取り上げる太宰治『人間失格』は超有名古典作品だから、ビブリアが無くともいつかは読んだかもしれない。最後に取り上げる梶山季之『せどり男爵数奇譚』も、ジャンルとしては私が好む怪奇ものだから、いつかは出会ったかもしれない。しかし、この作品に関しては、ビブリアシリーズが無ければ読むことは決してなかっただろうと断言できる。
 私は、かつてディストピア小説を取り上げたように、SF作品は読みはするのだが、そこまで本格的なものを読むことは滅多にないし、詳しくもない。ガンダムに対して「2本足で歩く兵器を宇宙で運用するなんて、非効率もいいところだ」と言ってしまう人間だ。つまりSF作品の文法にあまり馴染めていないというのも一因だと思う。

 さて、この『たんぽぽ娘』は短編集である。だから本を長時間読めない大輔のような人にもお勧めできる。ただこれはSFの宿命なのか、意味がよくわからない作品も混じっているので、わかりやすいものだけピックアップして読むのもいいだろう。
 出色はやはり、表題作である「たんぽぽ娘」。妻のある男と、タイムマシンで未来からやってきた少女との恋愛ものだが、SFだから当然ただの恋愛ものでは終わらない。タイムマシンは完全に少女の自由になっているわけではなく、使えなくなる時が来る。そこで、もし再びタイムマシンが仕えるようになった時のために、少女は男と約束を交わすのだが……。オチはベタかもしれないが、それでいいじゃないかと思わせられる。
 もう1つ気に入っているのが、「エミリーと不滅の詩人たち」。過去の詩人を模した、精巧なアンドロイドたちと彼らの管理をする学芸員エミリーの物語。詩が顧みられない時代にあって、予算は削減され、遂に館長に撤去を命じられてしまう。詩人の代わりに入ってくるのは無機質な車の数々。アンドロイドをスクラップ救うため、エミリーのとった行動とは。文系が軽視され理系がもてはやされる現代では決して他人事ではない感じも気に入っている。不滅の詩人というモチーフも気に入っているので、『不滅の偉人展にエーリッヒ・ツァン登場 月刊マー08年10月号より』では元ネタになっている。

 調べてみたところ、ビブリアシリーズで取り上げられたことが1つのきっかけになって、復刊したようだ。大量に有象無象の作品群が乱発される現代では、中々昔の作品に光が当たりにくいのかもしれない。しかし、時代を越えて読み継がれてきた作品には、それなりの理由があるものなので、そういった名作に触れるのもいい勉強になるだろう。
 とはいえ、水先案内人のようなものがないとジャンルものは深めにくいのも事実だ。私がどうやって推理ものだとか、犯罪系の本にどっぷりとつかっていったのか今となってはよくわからないのだが、それが思い出せれば、良いヒントになりそうなのだが。
 一番わかりやすいのは、作者と出版社で調べてみることだ。河出書房新社はSFをよく出しているみたいだし(『帰ってきたヒトラー』なんてていい例だろう)、得意なジャンルは出版社によって違う。同じ会社の本を端から読んでみるのもいいだろう。
 SFはあまり読まないといったものの、やはり興味のある作品はあるし、時間が出来たらまとめて読んでみよう。ブログのネタにもなりそうだし。
posted by 新橋九段 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書狂の冒険 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする