2015年11月10日

新撰怪異事典 ヒサルキ

 新撰怪異事典 ヒサルキ
 ヒサルキ、ヒサユキ、あるいはヒサルとも表現されるこの怪異は犬を模した妖怪だが、元々猿に憑りつく化物だとされる。ヒサルとは被猿の意味であろう。
 それがなぜ犬に憑くようになったかは定かではないが、猿の数が減ったためという説明が一番なされる。私は、元々猿に憑くという部分が後世に創作されたのではないかと睨んでいる。
 というもの、この怪異は狂犬病に罹患した犬の特徴を多く兼ね備えているからだ。ヒサルキは大抵、気の触れたように凶暴で、何かにやたらと噛みつこうとする犬として描写されるが、これに水を怖がるという特性を加えれ狂犬病の犬とほとんど同じである。
 狂犬病それ自体は猿や他の哺乳類にも感染するが、やはり名前の通り犬に感染する場合が一番知られている。狂犬病に罹患した犬を見る可能性の方が、猿のそれよりも高いだろう。猿は孫悟空の例を始めとして、魑魅魍魎と関連付けられやすい動物であるから、そういった怪異譚がどこかで誤って合流したかもしれない。

 ヒサルキが恐ろしいのは、この怪異が人にも憑りつくからである。元が狂犬病であることを考えれば当然だが、狂犬病患者とは異なる特徴をも持っているパターンも報告されている。水を怖がったり日光を避けるといった行動は狂犬病患者のそれだが、本当に犬のようになってしまう例があるのだ。
 例えば、生肉といったものを好んで食するようになる、野生動物を捕まえて殺すといった行動をするようになる。ここまで来るとヒサルキというよりは狼人間の特徴であろうか。しかしこのパターンはヒサルキの目撃証言としてはかなりポピュラーでもある。

 最後に、この怪異をヒダル鬼(神)と同一とみなす俗説もあるが、これは誤りである。ヒダル鬼は山を歩いていて、突如脱力して動けなくなる現象を餓鬼の一種であるヒダル鬼が憑いたと解釈するものであり、元を辿れば山で餓死した人間が死霊と化したものである。
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2015年11月08日

新撰怪異事典 コトリバコ

 新撰怪異辞典 コトリバコ
 コトリバコは子取り箱、子供に呪いをかける呪術的な道具の総称である。
 おおよそ何らかの箱に強力な呪いのアイテムを詰め込んだものである。あやふやな描写にならざるを得ないのは、この呪いの道具が長い時代日本各地で用いられその土地やそれぞれの時代の背景をよく反映しているからだ。ある時は精巧な組木細工の箱に間引きした子供の体の一部が入れられ、またある時は石棺に呪いの札や宝石の類を入れる。
 入れるものによって名前も変わるようで、私が知る限りでは「イロハバコ」「イチフウ」「畜生箱」といったパターンがある。
 バリエーションが豊かなため、怪異を収集する専門家の中にはコトリバコを専門に扱う人間すらいるほどだ。
 この呪いは子供や女性、特に妊婦に害をなす。効力の現れ方は様々だが、大抵の場合子供を原因不明の病に陥らせたり、女性が妊娠できないようにしたり、あるいは流産させるといった子供を減らす方向に効力が発揮される。故に子取り箱なのだろう。異形の子が生まれるというパターンもあるようだ。
 上記に関連するが、コトリバコが作成された理由は諸説あり最も有力なのが、ある地域の人間や犯罪者を出した一族を断種する目的があったというものである。部落差別や連座制といった負の歴史だ。その家から新たな子供が出ないようにして共同体の危険因子の増加を防ごうとする意図があったのだろうか。
 もっとも、断種にしては使用する呪いがあまりにも強力すぎるし、実際に断種が成功したあとも持て余してしまっている様子がある。この呪いは効力がある間、箱に近づくものを無差別に攻撃し、効力を解くには長い年月が必要である。そのため、使用が終わると共同体の人間が持ち回りで管理し、力が弱まるまでお茶を濁すという、なんとも根本的ではない処理をする。
 このような特徴から、コトリバコの中身の正体を放射性物質ではないかとする者もいる。確かに長い半減期や遺伝子への影響はそれを彷彿とさせる。便利に使ったあと持て余すところまで共通するのは流石に皮肉が過ぎる気もするが。

 私が収集したコトリバコのパターンは、「チッポウ」と呼ばれるものであった。組木細工に間引きされた子供の遺体が7人分入っているもので、「チッポウ」とは七柱の意味だろう。
 その箱はたまたま古い家で発見された。どうやら何軒かの家で持ち回りで、呪いが弱まるのを待っていたようだが、何らかの手違いで紛失したか、意図的にどこかの家が放り出したのだろう。

 コトリバコ自体はインターネットで怪談話として普及している。そういった素人のお遊びにまであまり苦言を呈したくはないが、面白半分に怪異を改変し流布した結果手のつけられないような事態にいたった例をいくつか知っているため、内心穏やかではない。ネットに流布するコトリバコの改変では、その話を読んだ人間にまで被害が及ぶようになっていたが、そんなことを言っていれば本当にコトリバコの呪いの範囲が広がってしまう。
 ただでさえ強力な呪いであるのに、伝聞で威力を発揮するとなればかなり厄介な事態になるだろう。読者各位には、くれぐれも興味本位でそういう改変された怪異譚に触れ、また流布しないようにしていただきたい。
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2015年10月16日

新撰怪異事典 ハナクイビト

 新撰怪異事典 ハナクイビト
 ハナクイビトは花喰い人、つまり花を常食とする妖怪と言われている。
 現代社会においても食用の花というものが販売されているように、花を食べるということ自体はあまり珍しくなくなった。わざわざ食用の花などと例を出さなくても、たんぽぽを摘み取っててんぷらにして食べた経験のある方は少なくないはずだ。
 しかしハナクイビトは、花しか食べない。しかも調理することなく生のままでしか食べることが出来ない。草食動物も花を食べることがあるのかもしれないが、花しか食べないというのは有史以来このハナクイビトだけであろう。

 ハナクイビトの起源は古く、平安時代の古文書にその存在を確認できる。お墓や仏さまにお供え物として捧げた花が急激に萎れていくの、あるいは自然に咲いていた花がいつの間にか姿を消していたのを見た当時の人々は、これが墓の主や仏さまが花の生気を吸い取っているのだと考えた。この考え方が次第に、お供え物ではない切り花に援用され、生気を吸い取るのは村をうろつく精霊や報われない霊の類だと考えられた。その後鎌倉時代に入り、武士が山々を戦場とし駆け巡る中で花を食べる人の存在がまことしやかにささやかれ、花の生気を吸い取るという村々の伝承と合わさったと考えられる。
 現代的に考えれば、切り花にすれば花が枯れる速度が早くなるのは当然であるし、花が枯れて朽ちてゆく一部始終を漏らさず見たものはいないだろう。花を食べる人の存在は、菜の花などを調理し食べる習慣か、飢餓の際に食べるものがなく草木を口にしたという話がねじ曲がって伝わったのだろう。

 ハナクイビトは普段人の姿を借り、社会にまぎれて生活している。彼らがなぜそうするのか、目的は不明だが一説には、天敵から身を護る擬態だとも言われている。一体何が天敵というのだろうか。
 あるいはハナクイビトは森の守護者であるという陳腐な説もあるが、平安時代の古文書でも海辺の村に現れたり、明治時代には炭鉱町に現れたという報告もあるためいささか怪しい。
 この説の怪しさは、ハナクイビトが誰かに危害を加えたという話が一切登場しないことからも言える。本当に森の守護者であれば、森を汚すものにせめて忠告くらい与えそうなものだが、そういう話すらない。逆にいえば、ハナクイビトはそれだけ無害な妖怪ともいえる。

 ハナクイビトの興味深い特性として、食べた花に毛色や香りが影響されるというものがある。例えば赤い花を食べれば髪の毛が赤っぽく、黄色なら黄色っぽくなるという。また桃の花を食べれば桃の香りが、リンゴの花ならリンゴの香りになるとも言われている。このような反映は個体差が大きく、香りへの影響が顕著だが毛色は変化がほとんどない、といった場合もあるようだ。
 人から花の香りが漂ってきたら、その人はハナクイビトかもしれない。

 公園の花壇、また何者かに荒らされる 赤崎日報15年4月9日
 赤崎市内の公園内にある花壇の花が、何者かに荒らされているのが見つかった。発見した市民の通報で発覚した。警察は器物毀損の容疑で捜査を進めている。
 現場は赤崎市西部の児童公園。花壇のチューリップが茎を残して花だけがもぎ取られていた。周囲に花は散らばっておらず、持ち去ったとみられている。公園の近くには保育園や小学校があり、近隣住民には不安が広がっている。
 先月に引き続きこれで3件同様の事件が起こっている。1件目は東部の公園で、花壇のスミレが荒らされていた。2件目ではその近くの遊歩道に置かれていたプランターから、同様にパンジーが持ち去られていた。
 また市内の私立高校砂州良学園では1件目の事件発生以前に、構内の花壇からパンジーが持ち去られたほか、桜の木に花をそぎ落としたような痕跡が残っており警察では関連を調べている。
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