2016年02月17日

大須へGo ランチタイム編

 オタクの街
 モーニングを食べた喫茶店から出て、もう一度大須観音を目指す。
 大須商店街は一応、オタクの街と呼ばれている。中古ゲームショップが乱立して互いにつぶし合っていることからもそのことがよくわかる。
 スイッチ専門店などというものもある。スイッチというか基盤の部品とかの専門店だ。電気回路の素人にはさっぱりわからない店なのだが、詳しい人にはそれなりに需要があるのだろうか。
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 フィギュアやグッツの専門店も多かったが、個人的にひかれたのはアメコミグッツの店SPANKYだ。本当に個人的な話、最近マーベルやDCのアメコミ原作映画にどっぷりなので思わぬ嬉しい発見だった。店内は時期が時期だけにスターウォーズ関連のグッツが目白押しだったが、マーベルもきちんとそろっている。さんざん悩んでアベンジャーズトランプを手に入れた。
 オタクと関係があるかは知らないが、鳥を扱うペットショップも発見した。どうやら休みだったようだが、店内の老犬に餌をやりに来た店主に入れてもらえた。
 昨今のペットブームに逆らうかのように狭くこじんまりとした店内には、多種多様な鳥たちが並んでいる。鳥を飼ってみたいと思ったことはあるのだが、動物を飼うのは大変だし旅行にも行けなくなるので難しい。だいたい今住んでいるアパートはペット厳禁だし。

 紙張地蔵
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 適当に歩いていると、不気味な白い物体に遭遇した。夜に見たら幽霊と間違うだろう外見だ。中からミイラでも飛び出してきそうでもある。
 これは紙張地蔵というもので、水で濡らして紙を張るといろいろといいことがあるらしい。
 10円で何枚か張れるそうなのでやってみる。しかしこれが意外と難しい。うまく張らないと剥がれてしまうのだ。確かに周囲には失敗したと思しき紙がいくらか散乱している。あらかじめ水につけておいて張るのがこつなのだろう。
 しかし、撫でてみたり紙を張ってみたり、地蔵の扱いというのは丁寧なのだか適当なのだかよくわからない。原型がわからないほどに紙を張られてしまって、地蔵もいい迷惑だろう。私のようの興味本位で張った者もいるだろうが、大半は本気で何かを願って紙を張り、それがここまで分厚くなったというのはなんだか滑稽だ。是非ともこの紙をべりっと剥がして中の地蔵を拝んでみたいものだが、機会はあるのだろうか。さすがに、定期的に剥がしているとは思うが。

 人生初
 大須観音まで無事に戻ってくる。きちんと御朱印をもらってから、屋台を見てみる。もう何年もこういった屋台で何かを買ったことがない。そういうところへ行く友人もいないし、祭りのような行事ともほど遠い性格のせいだ。
 とは言っても、死ぬ前に一度だけ食べてみたいものがあった。りんご飴だ。興味はあったのだが、屋台の商品の中では優先順位が低かったし、機会もなかったので今まで1度も食べたことがなかった。
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 というわけで小さいやつ(200円)を購入して食べてみる。
 固い。
 ただでさえ固いりんごを飴でコーティングしたのだから当たり前だが、固い。いや、齧るとか無理でしょこんなん。イメージとしては飴と言いつつ舐めるより齧る感じだったのだが、違ったのか。
 なんにでも先達というのは欲しいものだと思いながら舐めて、外側の飴を薄くできた。満を持してりんごへ到達する。
 りんごの第一印象はすっげーぱさぱさしてるなだった。ぱさついたりんごと甘ったるい飴のダブルパンチで喉が渇く。生れてはじめてのりんご飴体験は、生れてはじめてのまずいりんご体験になってしまったようだった。
 どうやら子供のころ、りんご飴を勧めなかった母親やそれに素直に従った自分の判断は正しかったようだ。これからはおとなしくチョコバナナを食べよう。

 ランチタイム
 一応、今回はランチタイム編と称しているので、昼食も紹介しておく。
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 どこかのビルに入っていた中華料理屋のランチ、エビマヨ編だ。チョコとバナナが絶対に合うように、エビとマヨネーズは絶対に合う。料理において重要なのは王道を踏襲することであるとわからせてくれる。
 しかもラーメンとライス、サラダにデザートがセットで1000円を割るリーズナブルなお値段。旅行先の名物を食べるのもいいが、迷ったら中華を食べておけばどうとでもなる安定感がある。どこにでもあるしね。
 何気に杏仁豆腐も初めてだったのだが、薬っぽい味がダメだった。

 腹も膨れたので電車に乗り込み家路を行く。観音様をお参りしたのに食欲という煩悩から一切解き放たれていない有様だったが問題ないだろう。大須観音は商売繁盛を祈るところでもある。初めから煩悩に立脚しているのだ。
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2016年02月10日

大須へGo モーニング編

 1月某日、今度は名古屋だ。大学のある地方への帰還の最中、立ち寄ったのは大須だった。
 本当は京都でもいいかなと考えていたのだが、それではあまりにも芸がない。中途半端に地元に近いが、だからこそこういう機会でもない限り出かけることはないだろう。

 大須観音より早い出陣
 というわけで、地下鉄を少し乗り継ぎ大須観音まで到達する。
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 大須観音といえば1,2を争う名古屋の初詣スポットだ。だからさぞかし大きいのだろうと思っていたのだが、思いの外小さい。写真に写っている部分がほぼすべてだ。
 早朝ということもあり人出は少ない。地元の高校生だろうか、運動部のランニングともかち合った。年始くらい休めばいいのに。
 お参りを済ませ御朱印をもらおうとするが、傍にいた僧侶に準備中ですと言われてしまう。これは初めての事態だ。寺には朝が早いイメージがあるが、流石に一般向けの受付までは早くはなかった。
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 やっていないものは仕方がない。時間を潰すためにまずは脇にあるお堂に入ってみる。ここには十二支の守り本尊が納めてあり、中々壮観だ。この寺も商魂はたくましいらしい。

 シャッター街と仮設神社?
 まだ準備に時間がかかりそうなので、大須商店街までくりだした。しかし寺がやっていないのに店がやっているはずもなく、時々露店か喫茶店がやっている以外はシャッター街の様相を呈していた。
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 この周囲には神社もまばらに点在しているようで、商店街の散策途中に何度も見かけた。ここは富士浅間神社というらしい。小さい神社だが、鳥居や石灯籠が林立し入り組んだ印象を受ける。
 写真にはとっていないが、稲荷神社の系統らしき神社も見かけた。大須観音の中心に、商売系の御利益のある神や仏が多く祀られているのかもしれない。商売には神頼みが憑き物、ではなく付き物だろう。
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 適当にぶらぶらと散策すると、謎の石碑群を見つけた。ビルの麓にまるで神社があるかのように狐の像が並んでいる。
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 その石碑につられてビルの中を抜けると、お守りを売っている場所に出た。ラインナップからして大衆受けを狙ってそうだったし、最近の商店街には神社風のグッツショップでもあるのかと思ったがどうも事情が違うようだ。
 すぐ正面には工事中であることを示す柵が見える。そのそばにはご丁寧に不動明王を祀るスペースまで出来ている。どうも工事のために仮設的に、ここにお守りを授ける場所を作ったようだ。
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 そのフェンスを少し回ってみると、本来のお寺に出た。万松寺というらしい。これもまたちゃっかりいろいろなご利益アピールの石碑が周りに設置されている。商店街の中にあると、寺もその商魂に影響されるのだろうか。

 ファミコン音源とモーニング
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 大須は名古屋の秋葉とも言われる。それほど、オタク文化と親和性の高い店やマニアックな店が多く並んでいる。途中見かけたのはなんとタバコの専門店であった。
 ゲームショップも多い。ファミコン音源が聞こえてくる中古のゲームショップがあったが、その数メートル先にも、同様の店があった。さすがに客を食い合うだけではないだろうか。
 出発前に朝食を食べてきたのだが、早かったのと少なかったのでお腹がすいてきた。丁度いい、ここで愛知名物のモーニングを頂くとしよう。実は初体験である。
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 立ち寄った喫茶店でモーニングを注文する。コーヒーにトースト、ゆで卵がついて400円だったと思う。それぞれ何の変哲もないトーストやゆで卵だが、本来コーヒーだけの値段で食べられるのだからお得だ。
 というか、1人暮らしでは案外ゆで卵は食べないかもしれない。卵って思いの外いい値段するし、10個入りとかだと消費期限内に消費するのも大変だったりする。1日に多く食べるとカロリーも気になるし。
 そういう細かいことを気にせずにパクつけるゆで卵のうまいこと。
 ここでふと、親戚の集まりである人が言っていたことが思い出された。高齢になって1人になると、自分で作るよりモーニングを食べに来た方が安上がりらしい。年になれば食べる量も減るだろうし、買い出しも大変だ。場合によってはそうかもしれない。そのことを示すかのように、レジにはコーヒーチケットが多くぶら下げてあった。
 そんなことを考えているうちに、トーストもゆで卵も無くなってしまった。流石に若い男の朝食には少し物足りないかとも思いながら店を後にした。

 (ランチタイム編へ続く)
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2016年02月03日

京都紀行2nd 猫と偉人の道編

 哲学の道を南下し、大豊神社へ接続する部分まで戻ってきた。ここからさらに南下し、南禅寺を経由して地下鉄の駅に戻ることにする。

 猫の道
 哲学の道は小さな川、というより用水路に沿うように延びている。途中、その用水路をカモが泳いでいた。普段なかなか見ることが出来ない動物だが、敷地内に大きな池を擁する建物が多い京都ではよく見る動物の1つだ。しかし、公道でみるのはやはり珍しい。
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 途中、外国人の観光客に多くすれ違う。韓国人や中国人らしき人が一番多いが、時々白人や黒人も見る。日本まで来てわざわざ哲学の道を見るほど、ここの優先順位は高いのだろうか。あるいは、ちょっとマイナーなところを巡ってみようと思い立ったのだろうか。自分が外国を旅する時には、後者の姿勢でありたい。
 外国人観光客の中には、自転車で訪れている人もいた。彼は一眼レフで自転車と記念撮影しようと四苦八苦していた。
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 そんな彼がいたところ、光雲寺という寺の近くには猫がたくさんいた。かなり人に慣れた猫のようで、すぐ傍までやってくるほどだ。とは言っても自由気ままに動くので写真は撮りづらい。
 もはや日課となっているのか、ブラシをもって毛づくろいをしてやっているオジサンもいる。
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 少し進むと、猫のために設置したとしか思えない屋台のようなものも見える。ここにはクッションが置かれており、中には猫がすし詰め状態になっていた。

 烏の神社
 京都で出会った最後の動物は烏。熊野若王子神社である。
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 少し開けた境内に本殿がそびえる。参拝を済まし、社務所へ御朱印をもらいに行く。御朱印には神社や寺ごとに印を押してもらえ、神社の場合では建立した大名の家紋であったり、神社の名前をあしらったものが多いのだが、ここでは八咫烏のものだった。
 ついでに、そばに置かれていた八咫烏おみくじも購入する。結果は小吉。そんなもんか。
 ここはおみくじの産地でも有名らしいと、受付に貼ってある新聞記事で知る。マッチおみくじなんてものもあるらしい。これは、マッチの先端の色で運勢を占うもの。
 神社を後にしようとする私の目に、ある看板が飛び込んできた。この近くに、同志社大学の創設者新島襄とその妻八重の墓があるらしい。折角だから参っておこうか。
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 しかしその決断はあまりにも軽率だった。山の入り口に備えられた竹の杖の存在が、私にそのことを告げていた。
 15分後。まさか本格的な登山になるとは思わなかった。登れども登れども山だったがついに到達した。ここは同志社大学の共同墓地になっており、新島夫妻はそこに埋葬されている。新島襄がキリスト教徒であった影響か、墓にも洋風のものや十字架のものが目立つ。
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 椿の咲く広場の正面に、新島襄の墓はあった。墓というよりは石碑に近い見た目で、土台には彼の洗礼名が彫ってある。
 向かって左には八重の墓がある。形状は同じだが少し小ぶりか。苦労の末に大河ドラマの主役と対面できて感動もひとしおである。
 こんな高い山に墓を建てられては遺族はたまったもんではないだろうなとも考えていたが。

 南禅寺から地下鉄へ
 同じ苦労をもう一度して下山。南禅寺へ向かうことへする。
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 南禅寺は臨済宗の総本山であり、京都五山を飛び越えるほどの優位性を持つ寺である。禅宗の寺らしくその構造はシンプル。かつ巨大であり、観る者をただ圧倒するだけである。遠くにその建物を望むとき既に、周囲には厳粛な雰囲気が漂い始めている。
 しかし時間が押しているのでこのくらいにして地下鉄へ向かわなければならない。本当はもっと中や周囲を見て回りたいのだが、仕方ない。時間に追われるたびは寺社仏閣巡りに不向きかもしれない。
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 京都の地下鉄は常に進化を続けている。3月訪れた時は3名であったはずのキャラクターに新たな人物が加わっている。3月には見なかったはずの傘の自動販売機なるものも設置されている。その後、名古屋の地下鉄にも乗ることになるのだが、その差は歴然である。
 名古屋は所詮工業で食っている土地である。京都のような観光地と比べるのも無理な話だろう。
 山科駅から在来線に乗り、実家へ戻る。大学生活も終わりが近い。あと何度、この気ままな旅をすることが出来るだろうか。

 (完・大須へGo モーニング編に続く)
posted by 新橋九段 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする