2016年11月20日

【読書狂の冒険#042】時雨沢恵一『キノの旅 -the Beautiful World-』アスキーメディアワークス

 今回はキノの旅。とは言っても読んだのがもうオリンピック2回分くらい昔なので、それぞれのエピソードなんて覚えているはずもなく……。
 本作は主人公キノと喋るモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)であるエルメスの旅を主に描いた作品である。他にも登場人物がいて、彼らの視点に移ることもあるがそれは割愛。
 本作で不思議な点は、ライトノベルの中で受けそうな要素が余りにもないにもかかわらずヒットしている点である。確かに主人公のキノは能力的には作中最強キャラではあるし、パースエイダー(銃)やモトラドの設定なんかは中高生男子の趣味ど真ん中といったところかもしれないが、その程度である。別に自分を代入しやすそうな没個性主人公がヒロインとキャッキャウフフするわけでもなく、ど派手な異能力バトルが始まるわけでもない。一体何がこの作品をヒットさせたのだろうか。
 Wikipediaをみると、風刺作品的な一面があるという記述が見つかる。私が読んでいた時の印象は、確かにそういった雰囲気はあるものの別に風刺が効いているとか、特段現代社会における何かの問題が念頭に置かれているといった気はしなかった。まあ、中学生の頃の私の読解ではあるから、今読んだらもう少し違う感想を持つのかもしれないが。しかし、当時すでに犯罪心理学に手を伸ばしつつあった、つまり客観的にみても平均的な中学生よりは社会の問題に詳しいと考えられる私でこうなのだから、失礼な話この作品を読んだ中高生の大多数が本作に風刺的な意味合いを読み取れるとは思えない。いやマジで。

 しかし思い当たる節がないわけではない。それは、本シリーズの刊行が2000年に始まっているということだ。このころはゼロ年代と呼ばれる時代であり、セカイ系と呼ばれる作品の最興隆期であったはずだ。たぶん。
 無論『キノの旅』はセカイ系とは似ても似つかないジャンルの作品ではあるのだが、読み手の解釈に大いに委ねられる作品であることは共通しているだろう。少なくとも一般のラノベよりはだいぶ共通している。そして、私は全然心当たりないのだが、ある人曰く昔のオタクというのは読み巧者だったらしい。その昔がゼロ年代を指すのかは不明だが、少なくとも今よりは解釈に余念がない年代であったのではないかということは想像できる。
 読んだことがないから何とも言えないのだが、『ブギーポップは笑わない』とかも同じような文脈で流行ったのではないかと予想している。これは本当にタイトルだけの想像だが、当時は解釈が幅を利かせやすい作品が流行りやすい下地があったのかもしれない。
 いったい何が原因で、そのような時代から書いてあることを満足に読み取ることもままならないオタクの時代になってしまったのかは不明である。案外、元々そういう人々が主体だったのであり、Twitterのようなツールによって可視化されやすくなっただけなのではないかと踏んではいるのだが。

 それはともかくとして、今現在のラノベ業界はこういった解釈に委ねられるような作品が芽を出せる状況にあるのだろうか。設定すらテンプレ化した作品たちに囲まれた読者たちは、このような作品と衝突した時にどのような反応を見せるのだろうか。
 どうだろう。案外、今もこんな感じの作品は一定数あるのかもしれないが。
posted by 新橋九段 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書狂の冒険 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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