2016年05月31日

『キャプテン・アメリカ シビル・ウォー』評前編 2人のヒーローの誕生

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 先週、ようやく『キャプテン・アメリカ シビル・ウォー』を見ることが出来ました。本当は5月の初めに見てしまう予定だったんですが、家の近くの映画館で吹き替えを上映しているところが全然なく、そうこうしているうちに予定が詰まってここまで伸びてしまいました。
 吹き替えにこだわったのは、単に今まで吹き替えで見ていたからという統一感の話です。MCUの作品は基本声優の吹き替えで、へたくそなタレントが吹き替えることがあまりないですし、特に今作は大勢のヒーローの活躍をしっかり見届けるために字幕を見る手間を減らすのはいい手だと思います。

 というわけで、ここから感想を書いていきますが、ネタバレを気にせずに書いていくので、まだ見ていない人は注意してください。

 スパイダーマン&ブラックパンサー:オリジン
 本作の見どころの1つが、初登場となる2人のヒーローの活躍でした。2人とも本作の後に単独での映画化が決まっていましたし、「活躍の仕方」というのが気になっていました。
 というのも、今までのMCU作品は、第1作でオリジンが描かれ→アベンジャーズに加わり→それを踏まえて続編という流れを基本としていました。例外はアベンジャーズに参加しなかった『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』や役者が変わって単独の続編も無くなったハルクくらいですが、少なくとも単独映画のあるキャラは第1作でオリジンが描かれるという部分には例外はありませんでした。
 しかし今回、スパイダーマンとブラック・パンサーは初登場が今作で、単独映画は時系列的にその後ということになりました。私は最初、時系列を入れ変えて、まず『シビル・ウォー』に登場させてその後の単独映画でその前日譚を描く形にするのかなと考えていたのですが、その可能性は数々の報道情報でなくなっていました。
 ここまでが映画を見る前の認識の話です。
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 で、実際に見てみてなるほどと思いました。本作で2人のオリジンをやってしまったんですね。
 まずはブラックパンサー。ティ・チャラの着るスーツは代々ワカンダ王国に受け継がれていたもので、劇中における彼の父親の死と共に、ティ・チャラに受け継がれ、我々の知るブラックパンサーが誕生したという流れになっています。
 しかし、スーツを受け継いだだけではヒーローは誕生しません。ヒーローはヒーローの由縁たる力やアイテムを手に入れると同時に、各々の試練を乗り越えてヒーローとして「生まれ変わる」のです。ソーがハンマーをもう1度扱えるようになるまで苦心したりするように、この辺はMCUのオリジンにおおむね共通する様式美のようなものです。
 ブラックパンサーに関してはその辺もしっかり描いています。ティ・チャラは最初、父を殺した犯人をバッキーだと断定し、しつこいくらいに追い回します。このしつこさはもうほとんどヴィラン並で、本作はトニーの動きと同時に、彼の動きによって動くと言ってもいいくらいストーリーをかき回します。
 その後、終盤におけるヘルムート・ジモ大佐の独白をこっそり聞くことで本当の敵を理解し、ジモに対しては自殺を止め生きて償うことを要求しました。そして最後に、キャップやバッキーを自国の施設に匿い本作は幕を閉じます。
 彼が一体どのタイミングで、殺すという復讐心から解き放たれたのかははっきり描写されていませんが、恐らく彼が真実を知ったところだろうと思います。自分の行動の過ちと危うさを否応なしに突きつけられたために考えが変わったのではないかと思います。
 何らかの過ちがきっかけになるというのは、ハルクやアイアンマンにも共通していたストーリーの構造でしたし、なんなら本作もまさに、トニーが作ったウルトロンやラゴスでのワンダの失敗など、様々な過ちが交錯した結果の先にあった結末だったわけです。
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 一方のスパイダーマンですが、確かにオリジンとして描かれています。
 彼は『シビル・ウォー』以前は、手製のスーツに身を包みちょっとした街の危機を救っていただけで、世界規模の争いには無関係でした。そこをトニーに見つかり、彼に新しいスーツを与えられ空港での戦闘に参加したところから、彼のヒーローとしてのキャリアが始まることになります。
 しかし、本作ではブラックパンサーが向きあったような試練には、スパイダーマンは直面していません。これは尺の問題と同時に、彼の知名度によるところが大きいと思います。
 ブラックパンサーは、コミックとしての知名度はそれなりにあるでしょうが、今まで映画化してきた面子に比べればどうしても知名度が劣ります。故に、今後の単独映画につなげるために、ヒーローとしてのキャラクターをある程度確立させておいて、彼の活躍をもっと見たいと観客に思わせる必要があります。そのために、本作でも比較的優先的に描かれているのだと思います。
 スパイダーマンはその逆に、知名度としてはマーベルのヒーローの中での1,2を争う有名さです。はっきり言って、本作に出なくても単独映画をすればヒットは間違いないだろうというレベルで、だからこそ『シビル・ウォー』のプロモにもサプライズ的な立ち位置で登場できたわけです。
 なので、スパイダーマンはわざわざ無理してオリジンを完成させる必要が薄いのです。もっと言えば、大人で国王なブラックパンサーよりも、子供で高校生なスパイダーマンの方が内面の成長を描くとすれば時間をかけて丁寧に、周囲の人とのコミュニケーションを含めてやる必要があって時間がかかるという事情もあると思います。

 ともかくすごいのは、一方でヒーロー同士の対立や正義とは何かという重厚なストーリーを進めつつ、もう一方で2人のヒーローを誕生させ、彼らの今後の活躍を期待させるという仕事もこなしている脚本の妙味でしょう。後者だけでも、へたくそな脚本なら失敗するでしょうし、そういう事例も見てきましたら、余計にすごさがわかるというものです。
posted by 新橋九段 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ドラマ・映画評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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