2015年11月28日

掟上今日子の備忘録ドラマ版第8話の補足解説 記憶の種類について

 昨日放送されたドラマ『掟上今日子の備忘録』第8話で、一瞬ですが今日子さんが記憶について説明していました。折角なので僭越ながら、もっとここを掘り下げて解説しておきましょう。
 当然ネタバレ注意です。

 長期記憶の3種類
 今日子さんの説明に登場したのは「手続き記憶」。何もいないはずのところに話しかけていたことを、普段猫がいて話しかける癖がついていたのだろうと予想したシーンでした。
 「手続き記憶」は、歩く・自転車に乗る・泳ぐといった体を動かすことに関連します。俗に「体が覚えている」と表現される部分です。多くは無意識に利用することが出来、故に今日子さんは無意識に猫に話しかけるようにしてしまったというわけです。
 「手続き記憶」は、記憶の中の「長期記憶」に含まれるものです。詳しい説明は後述しますが、要するに長い間覚えておき利用できる種類の記憶のことです。これにはもう2つ種類があります(記憶の理論に対する立場によって分類はいくつかあります)。
 1つは「意味記憶」です。これは知識に関する記憶で、「織田信長とは誰か」「東京とはどこか」などが該当します。今日子さんでいえば「額縁の寸法に関する用語」や「須永昼兵衛の過去の著作」が該当するでしょう。
 もう1つは「エピソード記憶」です。自身に関する記憶のことで、「自分の高校時代の出来事」や「友人の顔や名前」に当たります。今日子さんはこれを記憶することが出来ず、1日でリセットされるというわけです。
 逆に言えば、猫に話しかける例のように他の記憶については新たに学習できる可能性があります。本当にそんなことが可能なのか、というところですが、今日子さんのような前向性健忘(新しいことを忘れる記憶喪失のこと)の代表例として心理学で有名なHMは、新たな運動技能を学習できることが実験で明らかにされています。

 感覚記憶と短期記憶
 さて、意味記憶やエピソード記憶が長期記憶に含まれると言いましたが、記憶には貯蔵段階や時間の観点から3つに分ける分類が存在します。それが長期記憶と「感覚記憶」、「短期記憶」です。
 感覚記憶はもっとも貯蔵時間が短い記憶です。この記憶では、目にしたものをまるで写真のように記憶します。そういう意味では容量は少なくないのかもしれませんが、どのみち一瞬しか持たない儚い記憶です。
 短期記憶には、感覚記憶で貯蔵された情報のうち自分が意識した情報だけが入ります。頭の中で繰り返されることで情報が保持される時間が延び、また長期記憶に移行するという特徴がありますが、一方でリハーサルがなされないと数十秒程度で消滅する記憶でもあります。
 有名な言葉に「マジカルナンバー7」というものがあります。これは短期記憶に貯蔵できる情報の数を示した言葉ですが少々古く、最近では5±2程度とされています。
 また、ワーキングメモリーという言葉を聞いたことがある人もいるでしょう。研究によってこの言葉と短期記憶との関係は異なりますが、最先端の短期記憶のとらえ方程度の理解でいいでしょう。この分野の研究成果が、発達障害児やADHDの児童の学習の困難を解消することに役立つと期待されています。

 ついでに 証言の心理学について
 事件のトリックとして重要な部分に、証言と実際では入った試着室が違うというものがあります。では、本当にこんな思い違いが起こるのでしょうか?
 結論から言えば起こり得ます。少なくとも京極夏彦『姑獲鳥の夏』よりはあり得そうです。
 被害者が入店し、試着室に入るまでの一連の行動は客の多くに見られていましたが、恐らくこのシーンは客の感覚記憶を経て短期記憶に入ります。しかし、試着室に入ったまでは意識していても、どの試着室に入ったかまでは意識していなかったと思われます。故に、短期記憶からはどの試着室に入ったかという情報は抜け落ちました。
 ではどうして、皆が被害者が発見された試着室に入ったと証言したのでしょうか。恐らく、あとあとになって思い返すとき、「発見された試着室に入ったに違いない」と脳が記憶を勝手に補ったのでしょう。このようなことは頻繁に起こります。有名な実験では、白人と黒人が口論をしている絵をみせて、しまってからどちらがナイフをもっていたか尋ねるというものがあります。ナイフには着目していなかった被検査者は、黒人は暴力的であるというステレオタイプを後付けして、黒人がナイフを持っていたという記憶を補いました。
 以上が、掟上今日子密室講義の補足解説になります。
posted by 新橋九段 at 23:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作資料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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